1947年カスリーン台風災害と治水地形

(1)災害の概要と洪水調査

カスリーン台風災害の概要

 1947(昭和22)年9月、台風(カスリーン台風)と活発化した前線の活動による豪雨は、関東、東北地方の河川を氾濫させ、各地に甚大な被害をもたらしました。関東地方においては、9月15日午後に利根川・渡良瀬川上流域、赤城山周辺などで土石流が発生、渡良瀬川やその支流で氾濫が発生して群馬県及び栃木県に甚大な人的被害をもたらしました(図1)。
 また、16日0時20分頃、埼玉県東村(現加須市)新川通地先で利根川右岸堤防が340mにわたり破堤し(図2)、その洪水による濁流が中川沿いの低地(以下「中川低地」という)を流下し、埼玉県・東京都の家屋約16万7千棟に浸水被害をもたらしました。
図1カスリーン台風の被害概要と地形・図2利根川新川通の破堤地点と洪水が流れた方向

 このカスリーン台風における関東地方の被害状況は、下表のとおりです。群馬県及び栃木県で死傷者が多いのは土砂災害が要因であり、埼玉県及び東京都では家屋への浸水被害が際立っているのが分かります。これらは災害が発生した地形的特徴の違いによるものと考えられます。
表1関東地方の被害状況

地理調査所による洪水調査

 国土地理院の前身の組織である地理調査所は、災害発生後の1947年10月末から現地で台風による浸水区域、洪水の進行、湛水期間等を調査し、報告書と洪水図集(以下、「図集」という)をまとめ、同年12月に公表しました(図3)。
 図集には、利根川及び荒川洪水域の一部ですが、カスリーン台風による洪水がいつ、どこまで、どのように来たかという記録が表示されており、すでに整備されている治水地形分類図と重ね合わせることで、昨今の甚大化する氾濫被害に対して教訓や有用な情報が得られると考え、図集の洪水記録をGISデータ化しました。
 カスリーン台風などの自然災害による被害は、自然災害伝承碑などによって災害記憶が伝えられていますが、過去の災害状況を地図によって"見える化"することで、より私たちが受け継いでいかなければならないものが見えてくると考えます。
図3利根川及び荒川の洪水の進行(附図)