伊能忠敬(いのうただたか)1745-1818

先人たちのこどものころ:伊能忠敬(いのうただたか)

― 日本で最初の近代的な地図を作成した ―

画像:伊能忠敬

画 伊藤久美子(伊藤デザインルーム)


伊能忠敬(いのうただたか)について

忠敬(ただたか)の父は、小関(おぜき)という家に養子(ようし)に入り、そこで忠敬が生まれました。

ところが、忠敬が7歳のとき、小関(おぜき)のお母さんがなくなると、お父さんは、ほかの兄弟をつれて、もとの神保家(じんぼけ)にもどりました。忠敬も11歳になると、おなじように神保家に帰り、父や兄弟と生活するなど、忠敬の少年時代はふくざつでしたが、小関家も神保家もゆうふくでした。

また、お父さんは塾(じゅく)を開くほどの、勉強家であったそうです。そのせいか、忠敬は常陸(ひたち)の国のお寺のお坊さんから算数を、土浦のお医者さんから医学(いがく)を学んだといいます。